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フィクションランド

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バッテリー(前編)

投稿日時  : 2017/11/17 18:15

最新編集日時: 2017/11/17 18:15

私の名前は亀田。子どもの頃は近所の少年野球をやっていた。チーム名は小川ジャガーズ。小学四年生から始めた少年野球だったが、私は持ち前の明るさと体格からキャプテンでキャッチャーをやることになった。そして当時のジャガーズのエースは柴田。私は彼のことを柴ちゃんと呼んでいた。柴亀コンビだ。

柴ちゃんは豪速球の持ち主で、投げる球が重い。でも制球が悪い。いわゆるノーコンだ。少年野球ながら、フォアボールは当たり前。私のサイン通りに柴ちゃんの球が来た印象はまるでない。だが、試合で上手く制球が定まった時の柴ちゃんは最強だった。誰にも打たれない。だからそういった野球の素質や将来性から、当時の監督は柴ちゃんをエースにしていたのだろう。

柴ちゃんは人柄も良い。決してクラスの人気者であるわけではなく、柴ちゃんの机に人が集まってくるようなタイプではなかったが誰からも嫌われず、必ずクラスの輪の中にはいた。今思えば少しシャイだったのだと思う。
家庭事情としては、母親と2個下の弟と柴ちゃんの3人暮らし。いわゆる母子家庭だ。私も小学生の時、柴ちゃんの家に何度かお邪魔したことがあるのでよく覚えている。一緒にファミコンをして遊んだものだ。

そんな柴ちゃんと私のバッテリー。沢山の思い出があるが、やっぱり一番の思い出は宿敵ジュニアドラゴンズとの最後の三球三振だろう。小学六年生になってから、ずっと勝てなかった近所の強豪チーム「ジュニアドラゴンズ」。そのジュニドラに卒業間近の最後の試合で勝ったのだ。当時の柴ちゃんは絶好調。制球も定まり、面白いように三振を取れた。そして最後のバッター相手にストレートの三球三振を取ったのだ。1球目2球目と内角を見逃させ、最後は高めの釣り球で空振り三振を取った。あの時は柴ちゃんも私も興奮し、試合後に抱き合ったのを覚えてる。

小学校卒業後は私が私立中学に進み、柴ちゃんはそのまま近所の公立へ行くことになった。私は中学校でも野球部に入り野球を続けていたが、その後早めに自分の才能に見限りをつけて、高校では文化系の部活に所属した。私は柴ちゃんをはじめ、小学校当時の友達とは会うこともなく、そのせいか一切情報も入ってこなかった。結局、小学校の頃の友達とは卒業とともに疎遠になっていった。

 

あれから何十年経ったのだろうか。私は今45歳になって、中規模ながらIT系会社のトップとして立っている。起業してもう10年になるだろうか――大学を出て就職後いち早くインターネットに目をつけたことが幸いした。先見の明というわけではないが、おかげさまで今では300名規模で上場を目指す新進企業にまで成長した。

そんなある日、私の会社に大きな損失となるミスを起こした下請け会社が謝罪に来た。納期までに仕上げなければならなかったシステムに大きなバグが生じ、結果的にシステムを活用したビジネスに遅れが生じたのだ。結果、会社の顧客からクレームを多く生んでしまった。そのシステムを作っていた下請け会社の営業担当とその上司や役員たち総勢5名が私の会社に謝罪しに来たのだった。

私は出席をしなかったが、別の役員が応対した。その下請け会社がうちに与えた損害は大きく、会社が傾くほどではないにせよ謝罪のみで看過できるミスではなかった。だから私は下請法に抵触しない限りで、どういった善後策が考えられるか吟味したかったのだ。そのため敢えて私はその場に参加しなかった。切り札的に後日交渉内容と共に顔を出そうと考えていたからだ。後から、応対した役員に謝罪内容の報告を受けた。そして、その5名の名刺を見せてもらった。顔写真が載っているタイプの名刺だったので、それを見てなんとなく来社した5名の年齢層も分かった。

その中の1人の名刺に私の目が留まった。名刺に書いてある名前は柴田。顔写真を見ると確かに小学生の頃の柴ちゃんの面影が…。間違いない。この人はきっと柴ちゃんだ。彼の下の名前は確か弘成だったか弘幸だったか…定かではなかったが、名刺の名前は「柴田 弘幸」、間違いない。応対した役員によると柴田という人は、確かに45歳前後だったそうだ。

それを見た時、私は経営者として恥ずかしながら、仕事云々よりも個人的な感情として心が躍った。急に懐かしい気持ちでいっぱいになった。当時の思い出が湧いて出てきた。業務上の冷静な感情は吹き飛び、とにかく柴ちゃんを懐かしむ思いと会いたいという一心に駆られてしまったのだ。

その日の夕方、私は会社の役員を集めて「考えがあるので、本件の後処理は自分に全て任せてくれないか」と願い出た。役員は全員頷いてくれた。

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