デウスシステムは俺の疑問へ返答を続ける。
「それは、ケプラーのデウスシステムが大きな失敗をしてしまったからです。ケプラーでは、地上とは対照的な進化を推し進めてきました。高度な知能を発達させ、寿命を極限まで伸ばす。だが、当初計画していたような人類の居住できる星は存在せず、知能ばかり発達し、人口が増加した現在、ケプラー内で争いや殺しが頻発するようになっています」
その通りだ。
食糧には限りがあり、人々はそれを求めて殺し合いをすることすらあった。
「そこで、ケプラーのデウスシステムは我々にならって、新人類の知能を低下させる必要性を考え始めたのです。そして、地球へ派遣されたのがあなた方です。あなた方には、なんの情報も与えず、旧人類を観察させ続けました。旧人類を観察するとは、つまり、この洞窟へ辿り着くということも意味しています。なぜ、ここにあなた方を呼び込む必要があったのかわかりますか?」
デウスシステムがなぜ、情報をシークレットにしていたのか、なぜ俺たちを地上のデウスシステムにあわせたのか、疑問だった事柄が俺の頭のなかで結びついた。その瞬間、俺の背中には嫌な鳥肌立ち、粘着質な冷汗が流れ出していた。
「実験か?」
「そうです」
「お前らは俺たちにも、旧人類と同じ遺伝子組み換えをしようとしている。だが、すでに遺伝子をいじられている俺たち新人類にも効果があるかは未知数だ。だから、最初に俺たちを探査部隊として送り込み、ここへ導き、俺たちに遺伝子組み換えを施そうとしたんだな? 情報を隠蔽していたのは、旧人類になることを俺たちが恐れて、地球に行かない可能性があったからだ。全ての新人類に投与する前に、俺たちを実験材料に使おうってことだろ!」
「はい。ですが、もうひとつ、あなたには選択肢があります」
先ほどまで静かにしていた機械の群れが活動を始めた。
物々しい音とともに、キューブを覆っている黒い壁が少しずつ開いていく。すると、キューブの中身があらわになった。
キューブのなかには、透明なキューブが存在していた。しかも、そのキューブには何かしらの溶液が流し込まれており、いくつもの脳が重なり合って浮かんでいた。
「なんだ、これは……」
集合した脳は、まるでひとつの巨大な脳みたいになっている。
「あなたは、ケプラーのなかでも優秀な人材だと判断されています。こちらのシステムに入ることを認めていただければ、旧人類のような形での進化ではなく、より高度な知的生命体としての進化をすることが可能です。我々の一部になることで、あなたの意識は半永久的に生き続けることができます。加えて、肉体からも解き放たれ、自由になれるのです。あなたには、ここに入る権利があります。どうしますか?」
永遠に生きられる。
それは素晴らしい響きのように聞こえる。
だが、俺の脳裏には、あの旧人類の彼女が見せた最後の笑顔と、死してなお繋がる歴史という名のハーモニーが浮かんでいた。
「悪いが、断る」
キューブを見上げながら言い放った。
「なぜでしょうか?」
「たしかにお前たちは、永遠に生きていられるのかもしれない。でも、お前たちは絶対にあの氷の人形たちのなかには入れない。お前たちは、一生、歴史の一部になることすらできない。お前たちは、過去からも現在からも未来からも孤立したひとりぼっちの寂しい奴らだ。俺はそんなのは、ごめんだ。死を意識するからこそ、俺たちは生きられる。お前らみたいに、生きながら死んでいるような生き方はしたくねー。俺は限られた時間のなかで、俺なりに生きて、俺は俺の音を奏でる。その音が歴史のなかを漂えばそれで十分だ」
「……」
一瞬、デウスシステムは何も言わずに黙り込んだ。
「わかりました。それでは、あなたには、遺伝子組み換えの被検体になっていただきましょう」
無数の配線がキューブの後ろから飛び出してきた。
配線は俺の体を四方八方から巻き込み、俺の体を宙に浮かせた。
「それでは、M1678B、何か最後にありますか?」
まるでこれから断頭台に上がる死刑囚みたいだな。
「てめーらと一緒にならなくて、せいせいするぜ」
キューブから新たに伸びた配線には、注射器がセットされている。それが俺の腕にじりじりと近づいてくる。
(つづく)
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