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フィクションランド

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錦糸町にて(後編)

投稿日時  : 2017/10/20 20:08

最新編集日時: 2017/10/20 20:08

場所はやっぱり錦糸町。要があって駅ビルの中を歩いていた。上りのエスカレーターに乗り、右側を歩いて上がっている途中だった。
通常、関東のエスカレーターでは左側に止まっている人が立ち、急いでいる人は右側を通行していくのがマナーだと思っていたが
ある地点で、子連れの夫婦(子どもは幼稚園児くらいか)が左右を塞いで立っていた。右側を塞いでいたのは父親の方だった。

俺は後ろから上がっていき、父親の耳元で「すいません」と声を出した。
すると父親が「は?」と言いながら振り返ってきたので、続けて「通ります」と優しく伝えた。

俺は丁寧に伝えたつもりだ。マナー理論に則して考えるなら俺の方が有利なはずにもかかわらず
「通ります」という敬語でしっかり意思を伝えたつもりだ。
しかし、その父親は「あぁ…」と言った後に「チッ」と舌打ちをしたのだ。

 

俺は黙ってそのままエスカレーターの右側を歩いていった。しかし、エスカレーターを上がりきるか否かのところで俺は気付いた。

「あれ?今、舌打ちしなかったか?あいつ。」

俺は急に耳が赤くなるほどイラッとした。その時には、通過することで頭がいっぱいだったが、どう考えてもあれば舌打ちだ。
舌打ちどころか、そもそも「あぁ…」という返事もおかしい。「すみません」くらい言えば良いはず。

 

すぐにその場で気付いてキレれば良かったが上まで上がってきてしまったので、もうここは俺のタイミングでキレたい。
そう思った俺は、エスカレーターの上で待つことにした。

 

談笑しながら上がってくる父親に向かって仁王立ちの俺は話しかけた。
無視されるのも嫌だったので、しっかりと相手の肩を持って話しかけた。

「途中で気付いたんだけど、さっき舌打ちしなかったか?」

父親は言う。「さぁ?」

子どもも母親もダンマリだった。でも、俺は子どもとカミさんの前で粋がってる父親が妙に許せなかった。

「そっか。じゃあ、舌打ちした、もしくは覚えていないならこのまま外に出よう。
 お前もカミさんと子どもの前で大立ち回りしたくないだろう。」

父親は黙っていたので、俺はそのまま続けた。

「お前がエスカレーターを通る俺を塞いで、舌打ちしたんだろうが!
 俺はそれを許せないと言っているんだよ。」

さすがに、これで周りの人間たちも気付いたのか、色々な顔がこちらに向けられているのに気付いた。
父親は立ったまま動こうとしない。後ろからエスカレーターで上がってきた人間たちは迷惑そうに俺らを見ながら横切っていた。
父親がなんかモゴモゴ言っていた気もするが、俺も怒りで興奮していたので当時のことは詳しく覚えていない。
ただ、とにかく父親はその場を動きたくなさそうで、なんとかこの場を収拾したそうにしていたと記憶している。

しかし俺はもう怒りモード。
収拾なんてしたくない。
むしろこいつを何とかしたい。
俺がどうなろうと知ったことではない。
こいつを何とかしたい。

 

そして強引に父親とそのまま下りのエスカレーターに乗った。

 

1階までは何フロアかあったかと思うが、途中のフロアで急に父親が
「すみませんでした。もう良いですか?本当にごめんね。」
と言ってきた。
このまま1階に降りたところで、どちらも無傷では済まないだろうから
今のうちに謝って事を収めたいと思ったのだろう。

だが、俺はそれを聞いてむしろキレた。

「はぁ?じゃあなんでイキってあの時舌打ちしてきたんだよ!?
 なぁ?家族の前でかっこつけたかっただけか?何のプライドだよ。
 クソつまんねー男だな、テメェ。とにかく1階まで来い。」
そう言って、俺は父親の胸ぐらを掴んだまま下りていった。

その時だった。
たまたま駅ビルの1階に俺の後輩が5,6人いた。
後から聞いたが、そいつらは、ぶらぶらしながら1階で暇つぶしをしている最中だったようだ。

「あれ?どうしたんすか?揉めてるんすか?」後輩の1人が俺に言った。
俺はすぐに「あぁ、今からこいつと話し合う」と返した。
すると後輩が「じゃあ、俺らも暇なんで話し合いに参加しても良いっすか?」と言ってきた。

しかし俺が「いやいやこれは俺とこいつの問題だから手を出すなよ」と言おうかと思った瞬間、
その父親がその場で土下座してこう言ったのだ。

 

「本当にすみません!もうしませんから許してください!本当にごめんなさい」と。

 

俺も後輩たちもキョトンとしてしまった。
それどころか、周りの人間たちも「えっ?どうしたの?」的な表情でこっちを見ているではないか。

 

 

それからどうなったか…何年も前の話なのであまり覚えていないが、
その父親から少しお小遣いをもらったのだけは覚えている。

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