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第三の瞳(第六話)

投稿日時  : 2017/11/11 13:55

最新編集日時: 2017/11/11 13:59

太極図。
中国から端を発する陰陽思想。
その中で形成された、陰と陽の姿。
全てのものが混合された原初の姿。

歪んだ漆黒と純白が向かい合うようにして、接合され一つの円を形作る。
互いが互いに持ち合わせていない色を中心に置き、矛盾する相克の螺旋が渦を巻いている。
陰と陽、明と暗、男と女……
相対する概念には、相対する概念が内包されている。
男は女のようであり、女は男のようである。

易に太極あり、これ両儀を生ず。両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず。

通常の人間は、自分の立場を明確にしたがる。
自分の居場所は1つだと信じ、その場所に固執する。
自分は正しい人間だ、ならば正しい人間とはいかなる姿だろうか、その正しい姿になるためには……
概念を細分化していき、人格は形作られる。

しかし、今、私の体に跨り、万年筆を握る彼女には明確な人格がない。
私にはそう見える。
レッテルの貼りようがない存在。
狂ってるようでありながら、知的。
正しくありながら、間違っている。

まるで原初の状態、太極図の概念をその姿に取り込んでしまったような生き物だ。
いや、生き物という言葉すら、上滑りをする。
彼女の前ではすべての言葉が皮相を滑り落ちるだけだ。

彼女の瞳に映る私の瞳は、間違いなく怯えを含んでいた。
と、同時に憧れも含んでいる瞳だった。

だが、そんな中でも私の内からは憤りが徐々に姿を見せ始めていた。
彼女が――三島看世が――『第三の瞳』の作者だったのだ。

私の妻と娘は、この女のせいで死んだのだ。
この女さえいなければ、私の家族は死なずに済んだ。

彼女の白すぎる肌と黒すぎる瞳を凝視しながら、私は彼女の手を爪が食い込むほど強く握った。

「お前のせいで! お前の!」

それでも彼女の手は鬱血することなく白くあり続ける。

「その様子じゃ、あなたの家族も死んだのね……、あははは!!!!」
彼女は泣きながら笑った。
口を裂けるまで開き、洪水のように涙を流した。

殺しておくべきだった。
10年前、三島美佐と一緒にあの世へ送るべきだったのだ。

ひとしきり笑った後、彼女はするっと何事もなかったかのように、私の手を振りほどき、窓辺に移動した。
8人分くらいのベッドなら難なく置けそうな広く空虚な空間。
窓辺には人よりも大きなサイズの窓が繋がるようにして、並んでいる。
そのため、窓全体が外の景色を映しており、1つの風景画のようですらある。

窓の外には黒い霧。
彼女は窓の外を見ながら、微笑を浮かべた。
少し前まで辛うじて姿を見せていた月は、見えなくなり、代わりに雲が降りてきた。
辺り一面が靄に包まれ、雷鳴が轟く。

一筋の閃光が、彼女の薄気味悪い横顔を映し出した。
いびつな坊主頭ですら、艶を帯びているように見えた。

「知っているかしら? わたしの書いた小説がどんな話か」
「……知らん。そもそも、あんなもの読む価値もない!」

「残念だわ。じゃあ、教えてあげる。人殺しが判明し職を追われた医者は、とある精神病院へ飛ばされる。そこでは、医者も患者も殺し合いをしていて、主人公は奇妙な女と遭遇する。そこで絶望と愛を知ることになるの」

それはタクシーの中で運転手が話していた内容だった。
彼女の書いたシナリオ通りに私は今ここにいる。
しかし、1つだけ運転手の話とは違うものがあった。
絶望と愛……。愛だと?

「その主人公が私だと言いたいんだな? だがそんなことは、もはやどうでもいい! 私はお前を許さない! 愛などと下らないことを抜かすな!」
「いえ、あなたは知ることになるわ。愛の正体を」
「ふざけるな。お前を殺す殺意だけしか、今の私にはない。お前を愛するなどあり得ない!」
「まぁ、それもいいわね。いえ、私はそれこそ望んでいることなの」

もう一度、雷鳴が響き、彼女の顔を白く照らした。

「じゃあ、殺し合いね。わたしはあなたが憎いし、あなたはわたしが憎い。利害の一致ね。さて、わたしとあなた、どちらが先に死ぬかしら?」

彼女は万年筆の先を私に向けて、そう言い放った。

その時、病室のドアが勢いよく開かれた。
白衣のポケットに手を入れた霧山が立っていた。

「おい、もう挨拶は済んだのかね?」
「はい、とっくに」
「では、行くぞ。お前が担当する患者は、他にもいるんだ。さっさとしろ」
「他にも?」
「当然だろ、早く来い」
「はい……」

霧山は不思議と、三島看世を全く見ようとしない。
目線の延長線上に看世はいるはずなのに、見てはいけないもののように、あえて視線をそらしている。

霧山の背中についていく形で、私は病室を後にした。

こうして、私と三島看世の殺し合いが始まった。

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