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フィクションランド

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第三の瞳(第三話)

投稿日時  : 2017/11/03 14:53

最新編集日時: 2017/11/03 14:53

   壱

光を取り入れたがらない鬱蒼とした森の中に私はいた。
厳密には、その木々の間を走り抜けるタクシーの中に座っていた。
整備されていない道路のせいで、乗り心地は極めて不快だ。

膝の上に置かれた一通の封筒。
これは、妻と娘を失って、数週間が経過したある日に届けられたものだ。

封筒には一通の手紙が入っていた。
『霧山精神病院』という聞いたこともない送り先。
中身には、医師不足の報せが書かれていた。
(職にお困りではありませんか? 当院では現在、深刻な医師不足が問題になっております。どんな経歴をお持ちの方でも受け入れております。よろしければ、当院で勤務していただけないでしょうか? 当院は宿泊施設も併設されており、衣食住の心配もございません。山奥にある静かな病院です。ぜひ、ご検討いただきたく存じます)

どうせ行く場所もない。
刑事罰に問われないことは分かっているとはいえ、
雇い主が見つかるとも思えない。

衣食住も保障され、医師という身分も維持できる。
そう考えて、私は吸い寄せられるように、霧山精神病院へ向かっている。

天気が悪いわけでもないのに、山奥へ進めばそれだけ、闇が濃くなっていくように感じる。
私の手には、封筒以外に別のものが握られていた。
『第三の瞳』黒部夜目という作家の小説だ。
この小説を読むと、あらゆる人が自殺や他殺の衝動にかられ、不可解な死を遂げるという。

ミラー越しに運転手と目が合う。
「あれ? それって、今流行りの読んだ人が死んじまうっていう、呪いの小説ですよね?」
「ええ、まあ……」
中年の男は、ハンドルを指で規則的に叩きながら、私の方へ視線を向ける。
「本当だとしたら、恐い話ですよね。もう読まれたんですか?」
「いえ、まだ」
「それが賢明ってもんですよ。聞いた限りじゃ、随分気持ち悪い話らしいですからね。なんでも、昔愛人を殺した医者が、山奥の病院に飛ばされるんですがね。そこでは、患者も医者も殺し合いをしてるとかで、男はそれに巻き込まれて、謎の女との出会いによってこの世の絶望を知るんだとか……ああ、怖い怖い」

心臓の鼓動なのか、地面からくる振動なのか、私の精神は両方から圧迫されていた。
手が震えているのは、どちらのせいだろうか。

その運転手の語る小説は、まさしく私が経験した出来事にほかならない。
しかし、この程度偶然で済ませることはできる。
だいいち、この小説はネットに流通していたものだ。
最近では、ネットに小説を投稿するライター気取りの連中が増えているという。
この小説は、その中で、偶然発生したものだろう。
広大なネットの海に、私の境遇に似た物語があっても不思議ではない。

という理性的な反論にも、私の両手は反応を示してはくれず、
まるで別の意思系統を持った生き物のように、勝手に動き続けていた。

   弐

「なんだ? これは……」
靄のかかった空間にそれは鎮座していた。

10階建てほどの、円筒形の建物。
緑を強調したがる木々の中で、不自然に直立した白い棟。
木々が絡みつくこともなく、独立している。
まるで、その建物に干渉することが危険であると、木々たちが理解しているかのようだ。
周囲に人工物は一切なく、この建物からしか人間の影を感じることはできない。
その入り口に『霧山精神病院』の名前があった。

私はキャリーバックを引いて、自分が勤めることになる病院を見上げていた。
汗なのか霧なのか、額には水滴が溜まっている。
私は一口だけ唾を飲み込んでから、なかへ踏み込んだ。

自動ドアをくぐると、フロントの待合所があった。
患者は1人もおらず、医師の姿も見えない。
照明は落とされており、不気味な雰囲気が漂う。
自動ドアの閉まる音が、院内へこだましている。
天井は空洞になっており、最上階まで吹き抜けの構造のようだ。
院内の中心に螺旋階段があり、そこから派生するようにして各フロアが造られている。

「ぎゃあああああああああ!」

突如、頭の上から奇声が聞こえた。
見上げると、3階の一室から白衣を着た男が出てくるのが見えた。
男は平然とした顔だ。その隣には同じく白衣姿の男がもう1人。
男たちが出てきた後も、籠ったような叫び声が聞こえたので、
この奇声は、患者のものかもしれない。

男たちは螺旋階段を忙しなく降りて、私の前に現れた。
実に奇妙な出で立ちだ。
芸術家のダリのような立派な口髭を携えている。
髭は両端がカーブし、くるりと丸まっている。
それは口髭だけでなく、眉毛もまつ毛もすべてがカールしている。
ガリガリにやせ細った体に似合わず、目は極限まで見開かれている。

「早く来い」
男はそれだけ言って、階段を上がろとする。
「何をボーっとしている。早く来い」
「私ですか?」
「お前以外に誰がいる? もし誰かいるように見えるんだったら、医者ではなく患者として扱うが?」
「いえ、私は医者としてこちらへ……」
「だったら、早くきたまえ」

私は訳も分からないまま、その変人の後についていった。

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