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フィクションランド

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第三の瞳(第二話)

投稿日時  : 2017/10/09 22:28

最新編集日時: 2017/10/09 22:28

   壱

自分の殺害計画がなぜ漏れてしまったのか、誰が告発したのか、考えねばならないことは山ほどある。
にもかかわらず、妻と二人娘の清香・結衣はドタバタと、物音を立てて、家中に雑音を響かせている。

私は、音の発信源である清香の部屋を開けた。
鉄の臭い。
まず、臭いが飛び込んできた。
次いで、鮮やかな赤色のカーペットが目に入った。

「あなた、結衣が! 清香が! う……」

妻は私にしがみついてから、そのまま出来損ないの人形のように、床へ崩れ落ちた。
うつぶせになった彼女の背中には包丁が刺さっていた。
結衣は虚ろな笑みを浮かべながら、躊躇なく妻の背中に刺さった包丁を抜きとる。
圧縮された血管が解放されたためか、勢いよく血飛沫が部屋全体にまき散らされた。

そうか、死んだばかりの人間だ、血管を切り裂けば、血が噴き出るのは必然と言える。
などと、冷静な思考が頭を流れていき、いつまでたっても、目の前の状況に対する感情が追い付いてこない。
そういえば、清香は。
と思って、キャラクターのポスターに彩られた部屋を見渡すと、ベッドの上で血を流しながら死んでいる清香を見つけた。
目は見開き、すでに死後硬直が始まっているようだ。
血の色は鮮血ではなくむしろ、赤黒く変色している。

状況を整理しながらも、感情を整理できないでいるままの私を結衣の瞳が捉えた。
瞳孔が開き、肉食動物のそれに近い。
そこには、理性の物陰など微塵もなく、何かに操られたパペットのようですらある。

「第三の瞳が……」

結衣は長く伸びた髪を振り乱しながら、私に近づいてきた。
命の危機を感じ、私はようやく感情的に反応した。
「な、なんだ! これは……結衣! お前がこれを?」
「第三の瞳が、第三の瞳が……」
「答えなさい! 結衣! 母さんと清香をどうして!」
「瞳が!」
結衣は私の質問に応えることなく、血塗られた包丁と伴に私に突進してきた。
私はなんとか、その一撃をかわし、包丁を取り上げようと、結衣の手首を掴んだ。
だが、結衣は暴れながら、何度も切っ先を私の体に向ける。
「や、やめなさい」
瞬間、押し合っていた体のバランスが崩れ、私は結衣を押し倒す形で、地面へ転がった。
すると、あの激しかった結衣の動きは止まり、部屋の中は静寂に包まれている。
それもそのはず、結衣は私の体の下で、血を吐いて死んでいたのだから。
「第三、だいさんの、ヒと……み」
包丁はいつの間にか私の手に握られていた。
その刃は結衣のか細い体に飲み込まれるようにして、刺さっていた。

「私は……なんてことを、私は……」
恐怖なのか、憤怒なのか、執着、いやこれは愛着、いやむしろ罪悪の意識……。
感情が出入りを繰り返し、私はただ、その場で嗚咽を漏らすことしかできなかった。
私は、実の娘を殺してしまったのだから。

結衣の机には、一冊の小説が置かれていた。
それはネットでしか流通されていないもの。
何かしらの方法で製本したのだろうが、薄気味悪い真っ黒なカバーにタイトルが書かれていた。
『第三の瞳』それが本のタイトルだ。
作者の名前は、黒部夜目(くろべ よめ)。

一階のテレビからはニュースが漏れ聞こえた。
「『第三の瞳』というネット小説は、未だに闇ルートで流通されており、被害者は増える一方です。警察は早急なデータの削除と闇ルートの摘発を強化し……」

   弐

夜21時。
明かりをつけ忘れたリビングには、ゴミが散乱している。
ペットボトル、菓子袋、ゴミ袋、雑誌、煙草の吸殻。

仕事、妻、娘。
全てを失った私はあれから1度だけ外出したが、2週間、ほとんど家を出ていない。
髭は不揃いに伸びて、顔には皮脂が溜まっている。

あのあと、妻と娘の遺体は庭に埋めた。
もちろん、そのまま放置したわけではない。
今回ばかりは、私の殺害を疑われる可能性が高いからだ。誤魔化す必要があった。
人の体は通常、放置していれば1週間~2週間で白骨化する。
私は庭に埋められた死体を白骨化するまで待ち、その後、彼女らの骨を海にばらまいた。
凶器や血の付いた寝具などは専用の工具で粉々に砕き、別の海岸でばらまいた。
証拠はこれで散逸したはず。これで、私を犯人にすることは難しくなった。
とはいえ、妻は専業主婦だからいいものの、娘たちは学校に通っていた。
事実、学校からの電話はしつこかった。
だが、それも娘たちがいじめを受けていることにし転校する旨を伝えたところ、
いろいろ察してくれたのか、それ以降電話がかかってくることはなかった。

しかし、こんなに理性的に振る舞っていながら、全てを失ったショックは大きいようで、
これからどうすべきなのか分からず、何も映されていないテレビ画面を見つめるしかできない状態だ。

――ピンポーン。

無視。

――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……

10分ほど黙っていたが、あまりにしつこいので、玄関に出たところ、
配達員が封筒を手渡し去っていった。
その封筒には、「霧山精神病院」の文字が記されていた。

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