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フィクションランド

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第三の瞳(第九話)

投稿日時  : 2018/02/04 23:40

最新編集日時: 2018/02/04 23:48

   壱

院内の中心部にまるで柱のようにして、とぐろを巻いてそびえ立つ螺旋階段。
上れば上るほど、ステンドガラス式の天窓が近づいてくる。
乱反射した光が私の手元を映した。
そこには、803号室と刻まれた鍵。そして、三島看世のカルテが握られていた。
血の臭いなのか、鍵自体の臭いなのか、鉄屑のような臭いが鼻腔にへばりつく。

8階のフロアには患者の病室と同じように、壁に沿って医者たちの部屋が設けられていた。
天窓に近いせいか、壁の純白さがより際立つ。
曲がりくねった廊下を歩いている途中、女医らしき女が目の前に現れた。

ヒールを履いているせいもあるが、身長は170センチ近く、細身の女だ。
妙に胸元の開いたブラウスを着ており、隙間からわずかに下着が見える。
爪に派手なネイルを施し、口紅なのか自然なのかわからないが、酷く立体感のある艶やかな唇。

まったくもって、まともな女医とは思えない。
しかし、場所が場所だ。そんな非常識な女医がいても、おかしくはないのかもしれない。
私の存在にはっとした女医は、耳元の髪の毛を薬指で押さえながら、小さく会釈した。

「はじめまして、あたし、木ノ下雪と言います。よろしくお願いします」
挨拶は見た目に反して丁寧のようだ。
「あ、はじめまして。私、本日からこちらで勤務することとなりました、丸山道尾と申します。よろしくお願い申し上げます」
私の方も、一応仰々しく挨拶しておくことにした。
「たしか、ミズくんの担当でしたよね?」
「はい、そうですが……」
「実はあたしもなんです」
木ノ下は必要以上に、微笑んだあと、私の手を指先から舐めるようにして握った。
「変な病院でお互い大変ですけど、がんばりましょうね?」
高身長にも関わらず、わざわざ木ノ下は腰をわずかに屈めて、私の視線のしたに移動した。
下から覗き込むように、私の瞳を凝視している。
男を籠絡する術を熟知している人間の動作だ。
反射的にしているのか、計算して行っているのか、私には知る由もないが、「魔性」の名があてはまることは間違いないだろう。

「はい……」
視界の下で、胸が揺れており、私の心は少々ざわついた。
「では、またお会いしましょうね」
木ノ下は背中のラインを強調させるように、背筋を伸ばして螺旋階段を降りていった。

   弐

803号室。部屋は広かった。
ただ、電波は通っておらず、どうやら私の部屋だけではなく院内全体が圏外のようだった。
部屋について間もなくして、唐突に霧山から部屋の内線に連絡が入った。
携帯電話などの通信機器については、外出時は持ち出すことを禁止するとの話だった。
要するに、この病院について知られたくないから、使用を制限しているのだろう。
面倒な話だ。

ビジネスホテルのような間取りの部屋のベッドに腰かけて、三島看世のカルテを開く。
カルテには看世の年齢や略歴、精神過剰症という症状について、最近の試験薬のデータまで事細かに記載されていた。
「精神過剰症が発症したと考えられるのは、およそ10年前……」
10年前というと、彼女の母であり、私の愛人だった三島美佐の死んだ頃だ。
あの死が原因で彼女は狂気に染まってしまったらしい。

長方形の木造テーブルには、三島看世の書いた『第三の瞳』が置かれている。
なんとなしに、吸い寄せられるようにして、その小説を手に取った。
まだ読んではいない真っ黒な表紙の小説。
読んだ人間のすべてを死においやった、呪いの小説。
黒いだけだったはずの表紙に、青白い肌の女が浮かび上がってきた。

「わたしとあなた、どちらが先に死ぬかしら?」

どこからか、囁くような声が聞こえた。
振り向いてみたものの、幻聴だったのか、当たり前だが周りには誰もおらず、
そして小説の表紙の女は、どこにもおらず、元の真っ黒な闇だけが残っていた。

   *

その日、私は悪夢を見た。
病院のベッドの上で私はなぜか、赤ん坊を抱えていた。
だが、私は腕の中の赤ん坊が恐ろしくて仕方がなかった。

窓もないただ白いだけの病室。
いるのは、赤ん坊と私だけ。
先ほどまであったはずのドアはなぜか消えてなくなり、私は途方に暮れていた。

「おぎゃー……」
赤ん坊は典型的な泣き声を披露した後、私の腕にピトと張り付くように指先をおいた。
急に泣き止み、様子がおかしい赤ん坊が気になった私は、その顔を覗きこんだ。
赤ん坊は真顔だった。奇妙だった。不気味だった。およそ、赤ん坊とは思えない形相だった。

「お父さん」
真顔の赤ん坊は、なんの抑揚もつけずに、口をパクパク動かした。
赤ん坊の左胸には小さなほくろがあった。
次の瞬間、
「あははははははははははは!!」
左胸のほくろがムクムク動きだし、それはたちまち目の形になった。
左胸にできた瞳はギョロギョロと私を見つめていた。
私はその赤ん坊を投げ捨てた。
しかし、その瞳は永遠に追ってくる。

顔面以外に設けられた新たな瞳。
それはまさしく、第三の瞳だった。

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まだ続きますので、もう少々お付き合いいただければ幸いです。

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