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フィクションランド

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第三の瞳(第七話)

投稿日時  : 2017/12/03 17:06

最新編集日時: 2017/12/03 17:06

看世のいる205号室を後にして、私は遠ざかりそうになる霧山の背中を追っていた。

病室から離れるにしたがって、先ほどまで憎しみに満たされていた私の思考は落ち着きを取り戻し、
冷静にある疑問について考えていた。

「霧山院長、なぜ? 私を呼んだのですか?」

よく考えれば変な話だ。
私が10年前、三島美佐を死に追いやったことは、テレビで嫌というほど報道されているはずだ。
ならば、私の名前も、三島美佐の娘として看世がここにいることも、
この男は知っているはずなのだ。

にも関わらず、私のような犯罪者をなぜ、病院へ招待したのか。
なぜ、三島看世に会わせたのか……

この建物と同じように、疑問が頭の中で螺旋を描いている。

「人手不足だと書いてあっただろう」
「しかし、私が何をしたのか、ご存じならば……」
「ここにテレビはないし、ラジオもネット環境もないからな」
その発言はおかしい。
まるで、テレビやほかのメディアを見れば私が映っていることを知っているかのような発言だ。
「本当は知っているのではありませんか? 私が何者なのか? なぜ、私……」
霧山は立ち止まり、ブリッチするかの如く、反り返りながら私をにらみつけた。
「私、私、私……騒がしい新人だな。いいか、よく聞け。お前がどんな犯罪者だろうが、どんな医者だろうが、どうでもいい。ここは普通の医療機関ではないからだ。ここでまともな医者は働きたがらないからだ。ここで必要なのは、医者ではなく管理者だからだ」
霧山は背中越しに、何やら重苦しい空気を放ちながら、早口で説明した。
「管理者?」
「今にわかる。ついて来い」

階段に近づいた辺りで、上の階から大量の水が流れていることに気づいた。
中央に位置する螺旋階段から滝のように水が下の階へ流れ落ちている。
院の天井窓から差し込む怪しい雲光が、水に反射し、妙に重苦しい。

水は2階の廊下にまで侵入し、足元は水浸し状態だ。
私は引いていたキャリーバックを持ち上げて、上層階を見上げた。

「305号室だ」
「え?」
「この原因は305号室へ行けばわかる」
305号室というと、先ほど看世の病室へ行く前に、霧山が呼び出されていた病室だ。
この大量な水は、それに関係しているのだろうか。

3階のフロアに上がった瞬間、男の叫び声が院内に響き渡った。
305号室には、数人の医者が駆けつけて、ひとりの男をなだめようとしていた。

「あれだ」
「え?」
「あれが、お前が担当するもうひとりの患者だ」

男は部屋に設置された蛇口をひねり、そこに頭を突っ込みながら、わめき声を上げている。
「きがががああああああああああ……水、水、水!!!!」
目は血走り、体は痙攣している。
着ている院内着はぼろぼろに破けており、やせ細った手首やら足首やらがよく見える。
男を押さえようと医者たちが手足を縛ろうとするが、男は腕や足を振り回し、言うことをきかない。

「彼はいったい……」
「やつは自閉症だ。特徴的なのは、水に足して極度に執着していることだ。だから俺たちは、やつのことをミズと呼んでいる」
「本名はわからないんですか?」
「知らん。やつは生まれてすぐに、森に捨てられ、野生のクマに育てられたようだ。ゆえに、言葉はほとんど話せない。獣だな」
「アマルとカマルみたいなものですか?」
「その理解で間違いない」

ミズは依然として暴れ続けており、収拾がつかない状態だ。

「お前、タバコは?」
霧山から唐突な質問が飛んできた。
「はい?」
「タバコを吸うのかと聞いている」
「吸いますが……」
「なら、ライターの1つくらい持っているだろう。あるなら貸せ」
「はぁ、構いませんが」
ポケットの中に入れていたライターを取り出すと、霧山は奪うようにそれを取り上げた。
霧山はあろうことか、ライターの火をつけながら、ミズに近づいて行った。
足の裏で水たまりを踏みしめる音を聞いて、ミズは霧山を見た。
ミズは体を飛び上がらせ、地面にうずくまった。
「火、火、火がくる!」

ミズの動きが止まったところを狙って、周囲の医師たちは一斉にミズを拘束した。
霧山は用を終えたライターを私に投げ返した。
「こんなところだ」
「彼は火が苦手なんですか?」
「どうやら、母代わりのクマが山火事で死んだらしくてな。それもあって、やつは火に弱い」
水に執着する理由が少しだが、理解できた気がする。
とはいえ、三島看世のように人々を不幸に陥れている罪人であればともかく、
彼はそうではないだろう。
「失礼ですが、患者に対してこちらでは、ああした対処が許されているのですか?」

ミズは手足を鎖で縛られて、305号室の中に連れていかれた。

「そうか、ここがどういう場所か、まだ言ってなかったな」
「それは、どういう……」
「ここは、お前が思い描いているような普通の病院ではないということだ」

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