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フィクションランド

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侵食する男

著者:蚊取犬

投稿日時  : 2017/11/21 21:48

最新編集日時: 2017/11/22 21:38

「その男」を初めて見かけたのはテレビの中でした。いつも見ているニュースのちょっとしたコーナーにちらっと出ていた男。
中肉中背のどこにでもいそうな特徴の無い男。
その男を見かけた時に「どこかで見かけた事のある男だな」と思ったのですが、それがどこだかは思い出せませんでした。

その男は次に自分の目の前に姿を現しました。
趣味の自転車乗りが集まった飲み会。一つの店に出入りする人間が集まった会だったので、初対面の人も、どこかの走行会で1、2度顔を合わせただけの人もいて、さして気にも留めませんでした。飲み会の席でも、一言二言、言葉を交わしただけで、さして親しくなるわけでもありませんでした。
ただ、不思議な事に、その男は相変わらず「中肉中背の特徴の無い顔」ではあったものの、以前テレビの中に現れた時とは顔が異なっていたのです。ただ、違う顔をしていても、私には彼が「その男」であることがはっきりと分かったのです。

その男が私の前に姿を現す頻度は、だんだん増えてきました。駅の向かいのホーム、信号待ちの交差点、本屋の棚の向こう。外回り中のエレベーターの中、私の生活圏の中にその男は現れ続けました。ただ、不思議な事に、その男は「中肉中背の特徴の無い顔」であるものの、毎回違う顔で私の前に現れ、毎回違うその顔を見ても、私には彼が「その男」であることがはっきりと分かるのです。
ある日、その男は私が仕事帰りに寄るコンビニの店員の姿で現れました。いつものコンビニのレジに何食わぬ顔で立っているのです。顔はいつもの店員なのですが、明らかに「その男」だったのです。
私は意を決して、男に話しかけました。「最近、よくお会いしますよね」と。男は一瞬キョトンとした顔をしたものの、薄ら笑いを浮かべながら「そうですね。」とだけ答えました。

その数日後、ついに「その男」は私の日常を侵食し始めたのです。
いつも通り、朝職場へ行くと、同僚のYさんの席に「その男」が座っていたのです。不思議な事に、見た目はYさんそのものなのに、私には彼が「その男」だということがはっきり分かるのです。しかし、回りの同僚はそのことに気付いていないようなのです。いつもYさんに接するようにその男に接し、その男も何食わぬ顔をしてYさんがそれまで担当していた仕事を淡々とこなすのです。
私はあまりの訳の分からなさに混乱し、だんだんと気分が悪くなり、仕事を早退しました。
翌日、職場に行くとYさんの姿をしたその男が、私にスッと近づいてきて、耳打ちするのです。
「あなたは、分かる人なんですね。でも、誰にも言わない方がいいですよ。」と…。
私は急に恐ろしくなり、家に飛び帰りました。そして、妻にそれまでの事を話したのです。
妻は怪訝な顔をしながらも「少し疲れているんじゃない?今日はとりあえず休んだら?」と言い、取り乱す私を落ち着かせようとしてくれました…。

それが、最大の過ちであり、そして、妻との最後の会話になるとは思いもしなかったのです。

翌朝、目を覚ましリビングへ降りて行くと、そこには妻の姿をした「その男」が立っていました。

そして、とても残念そうな顔をしながら、「ほら、誰にも言わない方がいいって言ったのに…。」と…。

その日以来、私は家も仕事も全ての生活を捨て、遠く離れた町で一人、新たな生活を始めました。

そして今も、誰にも「その男」の事を人に話せないままでいるのです。
誰かに話せばまた「その男」に侵食されるかもしれないという恐怖を抱えながら…。

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