夕暮れどき。そのカップルは三浦海岸に来ていた。
「慎二くん。今日はありがとう。映画も食事も本当に素敵な時間だった」
「俺もだよ。まだ付き合ったばかりの俺たちだけど、これからもこんな時間を過ごしていけたらいいね」
「私、あなたともっと早く出会っていたかったわ」
「急にどうしたんだよ真紀子。そんな別れ話にみたいなのはやめろよな」
「でも慎二くんは私の過去を何も知らないでしょ。知ってるのは今の私だけ。私の過去を知ったらきっと嫌いになってしまうわよ」
真紀子のそんな言葉に慎二は声を荒げた。
「そんなわけない!絶対に有り得ない!どんなことがあったって俺は真紀子を愛してる!」
普段は“愛”などと口にするタイプではなかったが、2人きりの海というシチュエーションだったこともあり、慎二は恥ずかしげもなくそんなことを言った。
「みんなそう言うのよ。今まで付き合ってきた男性も同じようなことを言ってきたわ。でも別れたの。だから慎二くんだって同じよ。どうせ同じなのよ!」
慎二は心のなかで(ちょっとめんどくさいな。かまってちゃんなのかな)と思ったが、真紀子を愛していることは事実だった。
「真紀子がそんなことを考えてしまうのは、真紀子自身が過去にこだわってるからじゃないのか。問題は俺にあるんじゃなくて、真紀子にあるんだ」
慎二はあえて強気にでた。
「えっ……」
真紀子は驚いた。続けざまに慎二は言った。
「よしっ、わかった!じゃあ海に向かって過去の男の名前を叫べよ。そしたら海が全部飲み込んでくれるはずだ。そして綺麗さっぱり忘れて、俺と新しい一歩を踏み出そう!そのための儀式だ!さぁ、叫べ!」
慎二は海を指さしながら言った。
「うっ、うん……」
真紀子は少し戸惑いながら頷いた。そして慎二に背を向けて波打ち際に立った。その背中を見ながら慎二は思った。
(まぁ、これでお互いスッキリするだろう)
真紀子は大きく息を吸って過去に付き合ってきた男たちの名前を叫びだした。
「孝明ーー!!典之ーー!!」
「うん、うん。そんな感じだ!その調子で叫ぶんだ!これが俺たちの始まりの儀式だ!!」
「卓也ーー!!大輝ーー!!彰ーー!!」
(……ん?)
「修司ーー!!博之ーー!!寛ーー!!」
(……多くない?過去の男多くない?)
「伊藤くんーー!!」
(苗字?彼とはそんなに親しくなれなかったのかな?)
「ジェームズーー!!マイケルーー!!」
(外人ゾーン入った!?外人もいったの!?)
「淳二ーー!!浩介ーー!!文男ーー!!」
(……。)
「俊之ーー!!正和ーー!!啓介ーー!!」
(……。)
「正樹ーー!!健司ーー!!和宏ーー!!」
どれほど時間が経っただろう。太陽は完全に沈み、あたりは真っ暗になっていた。真紀子が男たちの名前を叫び終わって、すっきりした様子で振り返ると、そこに慎二の姿はなかった。それを見た真紀子は再び海を見て叫んだ。
「慎二ーー!!」
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