壱
西暦2500年、ケプラー歴452年。
「聞いているのかね! ロウ!」
壇上でやたらめったら、むやみやたらに怒鳴り散らしているのは、今回の地球探査で指揮を執るヨルハだ。
壇上を中心にして放射状に座席が配置されているこのホールには、総勢100名ほどの隊員が集められている。
壁一面が窓になっており、外の景色が丸見えだ。一応、外から中を見ることはできないようになっているらしいが。
人工樹木が、窓の外で揺らめいている。
「ロウ!」
気付くと、ヨルハは俺の眼前まで詰め寄り、額をぶつけるくらいの距離にいた。
「聞いているのか! 大事な作戦なのだぞ!」
「へいへい、聞いてるから、その自己主張の激しい電球頭をどかしてくれ」
ヨルハは横柄な話し方をしているが、まだ20歳。俺よりも年下だ。ついでに女だ。
こんなことを口にした時には、「年齢差別」、「男女差別」で中央管理局に飛ばされ、精神的に矯正させられることだってある。
「では説明してみるがよい! 我の作戦を!」
ヨルハは長い髪を左右に振り乱しながら、鼻息を勢いよく俺の顔面に吹きかけた。
「我々、第3地球探査部隊は、デウスシステムが観測した滅んだはずの旧人類の生態を確認するため、ケプラー歴452年8月4日、地球の旧日本地区へ降り立つ。簡易型の拠点から指示を出すオペレーターと、実際に外を歩き回って調査するリサーチャーの2人1組で行動する。常に密着型宇宙服を着用し、旧人類との接触はなるべく避けながら、記録を行う。ってな感じだろ? 隊長さんよ」
俺はヨルハを刺激するように、ウィンクしながら得意げに言い放った。
「な!」
ヨルハは、赤く染まった頬を膨らませている。
「わかってるなら、いいわよ……あなたとペアを組むのは私なんだからね」
「ぷっ」
久々に聞いた女言葉に、俺は思わず吹いてしまった。
ヨルハは俺に恥かかせようとしたものの、自分が恥ずかしいことになっている事態に時間差で気付いたようだ。
「もう! わかっているのならいい! 話を戻す!」
そんな隊長ぶらなくてもいいんだがな。
弐
8月4日。
都市型宇宙船ケプラーは、月の内側、地球から約30万キロほどの地点に浮遊していた。
楕円形に長く伸びた宇宙船の直径は約1キロほどあり、およそ1000人が生活している。
ただ最近は、食糧をめぐって殺人事件が起こることもある。
そんななかでの地球探査。
「デウスシステム」の発案とはいえ、面倒な作戦であることに変わりはない。
「デウスシステム」とは、ケプラーの中核に存在する人工知能で、人の心身の健康状態から、人工授精の管理まで行っている。
452年前、地球の急激な寒冷化現象によって、地球を脱出した当初、デウスシステムを使えば、新たな技術が開発され、地球以外の生息可能な惑星へ移住することができると言われていたらしい。だが、実際は宇宙を彷徨ったあげく、人間が生きていける惑星などどこにもなかった。そして、デウスシステムは再び地球でどう生活するかを考え始めた。そんな時、デウスシステムは、滅んだとされていた旧人類を観測していた。人類が生存しているということは、俺たちが生きていける可能性もあるということになる。そこで、デウスシステムは俺たちを地球に送り込み、データ収集を行いたいらしいのだ。
小型船に乗り込んで、俺とヨルハは衝撃に備えていた。
眼下の地球は雲に覆われており、未だに氷河期のような状態に見える。
「にしても、なんで、ツーマンセルなんだ? もっと一つの班に人増やした方がいいだろ?」
「ケプラー自体の人口がたったの1000人、そのうちの100人でできる限り広範囲を調査するのだから、仕方があるまいよ」
「変な話し方……」
「うるさい!」
アラート音が鳴り響く。
「小型船発射まで残り10秒。船員は着席し衝撃に備えてください」
操縦席のシートが柔らかくなり、体がシートの中に沈んでいく。
手足の先や顔以外はシートに包まれ身動きがとれなくなる。これにより首や腰なども安定し、大気圏突入による衝撃から体が守られる。
隣に座るヨルハは何度も深呼吸して、自分を落ち着かせようと必死になっていた。
「ヨルハ」
「きゃ!」
「どんだけビビってんだよ」
「うるさい! だってここから離れるのも初めてだし……。もう1回深呼吸すれば大丈夫だから」
「あほ、深呼吸じゃ緊張はとれても不安はとれねーよ」
「え? じゃあ……」
「あくびでもしとけ」
一瞬あっけにとられたように黙り込んでから、ヨルハは笑いを含みながら、
「ふふ、ありがとう」
「はいよ」
複数の小型宇宙船が射出口から飛び出した。
(つづく)
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