僕はたった200gのステーキによって人生を台無しにした男だ。
そのときの話をしようと思う。
10年以上前。
ボクシングをやっていた。
現役時代の僕は168cm、60kg。階級はフライ級だったので、試合前になると10kgは落としていた。今では無茶な減量をするボクサーは減ったが、僕の時代はまだまだ「気合い!根性!」みたいな風潮が残っていた。ちなみにボクシングの階級は以下の通り。
ミニマム級 ~47.61kg
ライト・フライ級 47.61~48.97kg
フライ級 48.97~50.80kg
スーパー・フライ級 50.80~52.16kg
バンタム級 52.16~53.52kg
スーパー・バンタム級 53.52~55.34kg
フェザー級 55.34~57.15kg
スーパー・フェザー級 57.15~58.97kg
ライト級 58.97~61.23kg
スーパー・ライト級 61.23~63.50kg
ウェルター級 63.50~66.68kg
スーパー・ウェルター級 66.68~69.85kg
ミドル級 69.85~72.57kg
スーパー・ミドル級 72.57~76.20kg
ライト・ヘビー級 76.20~79.38kg
クルーザー級 79.38~86.18kg
ヘビー級 86.18kg~
試合前の計量時に自分の階級の体重にしないといけない。
これが本当にきつい。太っている人が10kg落とすのとわけが違う。
ボクサーってのは、普段から練習しているから、皮下脂肪が多くない。そんな状態から減量するわけだから本当にきついのだ。
減量開始から1週間くらいで体が臭くなってくる。これは「ダイエット臭」といわれているやつで、極端な食事制限によって生じる甘酸っぱい体臭。そして、そこから数日経ってくると、体にはさまざまな症状が出てくる。疲労感、めまい、耳鳴り、発熱、集中力の低下、幻覚、幻聴……こんな感じ。そのなかで練習はどんどんハードになっていく。もう倒れる寸前。無意識に「ステーキ、ステーキ、ステーキ」と何度も呟いてしまう。お腹が減り過ぎて部屋の畳をボリボリ食べてたこともある。試合前はとにかくそんな日々が続く。
そんな風にひたすら運動&食事制限で体重を落としていく。そしてそぎ落とすものがなくなった後、最後にできるのは水分を搾りとる作業だ。計量の数日前になると水分すらとらなくなる。もちろん水分をとらないだけでなく、体にある水分を全部出す。サウナにこもる。このころには体中の水分は全部なくなる。例えば、ガムを噛むと、口の中に引っ付いて取れなくなってしまう。唾液が一切なくなった口の中は、そのへんの壁とほぼ同じ。だから爪でガリガリやって血だらけになりながらとることになる。こんな状態になりながら試合前日の計量に向かう。
そして、試合の前日計量。
計量さえパスしてしまえば自由の身。翌日の試合まで何を食べてもOKだし、どんなに体重を増やしてもOK。これがもう本当に嬉しい瞬間なのだ。まずは水分から補給する。僕は一気にコーラを飲んだ。我慢してたから喉がすごく痛い。でも美味しい。本当に美味しい。もちろんお腹もペコペコ。計量会場(後楽園ホール)の近くにあるステーキ屋さんに駆け込む。ジムの会長からは「減量直後に肉なんて絶対ダメだ!」と厳しく言われたけれど関係ない。会長は帰った。残ったのは僕だけだ。食べる。目の前に200gのステーキが出てくる。10kg落としたあとのステーキ。もうナイフもフォークも一切使わずにかぶりついた。味の感想なんて言うまでもない。あのときのステーキよりも美味しい肉を僕はいまだに知らない。
試合当日。
こっからはアッという間に話を進めていくが、お腹壊した僕はまったく動けなかった。試合会場まで行くのもやっとの状態。試合なんて出来る状態ではない。結果1ラウンドKO負け。あんだけ頑張ったのに全てが水の泡になった。それだけじゃない。そのときにくらったパンチのせいで左目の視力が低下。2.0あった視力は0.05まで落ちた。ボクサーは片目0.6以上の視力がないといけないため、ボクシングを続けていくことが厳しくなった。そして引退。
そっからはもう悲惨な人生だった。彼女にフラれ、キャバ嬢に貢ぎ、金も夢も何もないゴミのような毎日。そしてどんどん太っていき、今では70kgオーバー。少し階段をあがるだけで息がきれるし、足の爪を切ろうとするとお腹の脂肪が邪魔して窒息死にそうになる。「痩せなきゃ」ともう何回言ったかわからない。満腹時にダイエットを決意し、空腹時に「これが最後の食事」と言い出す始末。
それもこれも、すべてはあいつのせいだ。
ステーキ。たった200gのステーキ。
だから僕はステーキが大嫌いだ。
みんなの感想(1件)
2017/09/12 11:41
正確にはステーキを好きな僕が大嫌いだ、なのねw