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かくして僕の現実は彼女の現実に反定立された。⑥:多重人格

投稿日時  : 2017/10/28 21:16

最新編集日時: 2017/10/28 21:19

父親から暴行を受け、逃げてきたその日、清香は僕の部屋でしばしの安らぎを得ていた。
けれど、清香は相変わらず、刃物を持ったままのようだ。
僕はというと、両手両足の手錠は外されたが、アイマスクだけはそのまま維持されていた。
「異世界へ旅立ったはいいものの、食料を確保する必要に迫られた主人公、御手洗庄吉は近くの村に住む魔王を倒し、それによる賞金を得ようと必死であった」
清香は僕の膝の上で、吐息のような笑い声を漏らしながら、他愛のない作り話を聞いている。
清香は僕に似ている。僕は小さなころ、父親に虐待を受け、傷を負った。
けれど、そんな闇の中でも、光り輝くものがあった。それが僕にとっての小説。
僕はこうしてたまたま、救いに出会えたけれども、清香はそうではなかったのだ。
同じ境遇にいながら、辿った道が違い過ぎた。
だからこんなにも歪んでしまった。歪められてしまった。
だから、僕は物語るのだ。これが如何ほどの救いになるか分からない。
けれど、僕にできるのはこれくらいしかない。

「質問はもう、いいの?」
話の途中ではあるけれど、清香は僕を見上げてそう囁く。
「ひとつだけ、いいかい?」
「うん」
「どうして僕がお母さんなんだ?」
「ふふ」
笑った。

「それは私の存在の起源があなただからですよ先生」
「どういうことだい?」
「前に、あなたはこう言いました。『君は随分と分厚い仮面を被っているんだね……。それでちゃんと呼吸ができるのかい?』」
 
良く憶えていない。
他者から言われた言葉は憶えているものだが、自分の口にした言葉はどういうわけか、すぐに海馬の奥深くに収納されてしまうらしく、簡単には取り出せない。
「そして、美倉がプレゼントを渡した時はこう言いました。『君のその笑顔は良くできていて評価も高いだろうけど、僕は時折見せる真に迫るような真顔のほうが魅力的だと思う』」
「ああ、その記憶はある」
「その時に、私は生まれたんです。美倉ではなく清香が」
「つまり人格が分化したということなのか?」
「はい。だいたい合っています。私は昔、美倉の中にいました。でも、喧嘩の絶えない両親の離婚、それをきっかけにして、一度私は美倉の中で死にました」
 
彼女、いや、彼女たちはお互いを姓と名で呼び分けているらしい。
普段の明るいほうは美倉。今僕と話しているのが清香。
解離性人格性障害。いわゆる多重人格である。
障害とは言われるけれど、僕は清香との出会いで、そのネーミングに少し違和感を覚え始めていた。
本来、僕たちは生まれて数年の間、人格と言う程の確かなものはなく、無秩序な思考の塊だった。
無数の矛盾した感情が共存し、それぞれに尊重し合っていた。
けれど、いつの間にか、社会にモデリングされ、人格と言う形に自ら嵌っていったのだ。
だから、美倉清香のあり方はある意味人間として最も純粋な姿なのかもしれない。

「そして最近、光を感じるようになったんです。そして手を伸ばしてみたら、そこにはあなたがいました」
「だから僕が母親なのか……」
「そういうことです」
では、なぜ母である僕――母である僕なんてすごく変な表現だけれど――を傷つけたりしたのだろうか?
それは聞かないことにした。だいたいは理解できてしまったからだ。
それしか知らなかったのだ。清香の知っている愛情表現は父親から受け続けた「暴力」だけだった。
僕へ何がしかの感情を伝えようにも、その手段を知らない清香は誘拐と監禁、そして暴行に至ったのだと思う。
当然、一般的には信じ難い理屈による行動だけれど、僕には何となく分かってしまった、同類であるがゆえに。

「もう質問は大丈夫ですか?」
「ああ」
その時ドアがどんどんと、叩かれた。
「ここへ来る途中に、時間と場所と人を指定して警察を呼んでおきました。いいタイミングできましたね」
「清香……いいのかい?」
「はい。私の理想はほとんど達成できました。あとは、反省文でも書くのが小学生のやることです」

もう一度ドアがノックされる。ドアの向こう側から、やつれた中年男性の声が聞こえる。
「大森警察署の者だ。通報があって来たが、中に誰かいるか?」
ノックと同じように、現実という殻が外側から何者かによって破られようとしていた。
すでにひび割れていた殻に亀裂が走り、非現実がその顔を徐々に覗かせている。
「どうぞ、開いてますので」
僕は淡々とした口調で、まるで清香のような口調で、その刑事へ返答した。

「もう、いいですよ、先生」
清香は僕のアイマスクを外した。
ドアノブがくるっと回る。

あ……。

そういえば、さきほどの清香の発言……何かがおかしくないか?

時間と場所と人を指定した……うん? 人?

僕の目の前には、この世のものとは思えない情景が広がっていた。

(つづく)

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