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フィクションランド

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かくして僕の現実は彼女の現実に反定立された。①:現実

投稿日時  : 2017/10/28 21:14

最新編集日時: 2017/10/28 21:14

   壱

現実に産み落とされた非現実は、確かに息をしていて、それがあまりにも微かな吐息だから僕らは気付かない。それが現実という殻から孵化しかけていることに。

深夜、改札口で人を眺める。僕の腕時計は一時丁度を示していた。
やはり、この時間帯は空気が違う。昼間、人間のように振る舞っていた大人たちは、酔いつぶれ、疲れ果て、人間としての境界線上をフラフラと綱渡り中である。
僕は改札前に置かれたインスタント写真機の椅子に腰かけ、改札から姿を現す多種多様な人間たちへまなざしを向けている。
嘔吐し始める者、お互いの体を触り愛情とは名ばかりの肉欲を甘受する男女、上司を支えながら聞こえないように悪口を漏らす会社員、尿を漏らす大学生……。
人間を名乗っている知的生命体がこの様である。これでは、恥的生命体ではないか。

「三〇代男性、身長は推定一七〇センチ、体重は七〇キロ前後。頭からは少々出血が見られる。その様子から判断するに、アルコールに支配された脳のまま、どこかで転倒したのだろう……」

ノートにペンを走らせる。なかなかスムーズな運び、僕の個性の強い文字が大学ノートという舞台で踊り狂う。
ついでに独り言も快調だ。いつも通り、ギリギリ他人に聞こえない音量を保っている。
これをしないと思考を整理しづらい。人は考えて行動する生き物だと思われているが、それは間違いだ。
人は発語及び執筆という行為を通して考え始めるのである。

   弐

魑魅魍魎たちの百鬼夜行を見物し、データを分析したところで、僕は駅を後にした。
小説家を目指して、何年目だろうか……。現在一九歳の僕は、おそらく小学三年生くらいの時には、おぼろげにではあるが小説家になるという意思を持っていた。
それくらいしか、生きる道が見出せなかった。
誰と話しても、感情が揺さぶられない、感動しない、無表情の鉄面皮……それが僕だ。
誰かとコミュニケーションをとって、面白くもない冗談に笑って、美味しくもない酒を無理やり飲まされて「俺たちは仲間だ」と肩を組まれてニコニコする、そういう当たり前のことが僕にはできない。人に共感したり、共有するふりをしたり。そういう機能が欠如した状態で僕は産み落とされてしまったのだ。
そんな僕が唯一、心を躍らせたのが小説だった。
摩訶不思議な世界で、奇妙奇天烈な人物たちが織り成す喜劇や悲劇。その非現実が僕の現実を少しだけ色のあるものへ変えてくれた。

「僕の心はどこで生まれて、どこへ行くのだろう」
 
そんなできそこないの詩人みたいなセリフを吐きながら、現在の拠点である山村荘へと歩を進める。
道は暗い。街灯は頼りなく明滅を繰り返し、虫たちでさえも、寄り付かない。
大通りから三本ほど中に入ったこの裏路地には、人の姿も気配もない。
あるのは汚らしいアパート群と、空に浮かぶ三日月くらいのもので、閑古鳥でさえも鳴くのをためらっている。
だからこうしてノートにメモを取りながら歩いていても、誰かとぶつかる心配はない。
頭の中に浮かび上がる思念を徒然なるままに書き連ねる。僕はこの瞬間をなかなか気に入っている。

再び書き始めようとした時、不意にノートとペンが落ちた。
……ん?
書かれる予定だった文字たちは主戦場を失い中空を彷徨う。
さて、なぜノートとペンは僕の手を離れ、地面なんかに落ちているのだろうか? 
もちろん自分の意思で落としたわけではないし、手を滑らせたわけでもない。
もしそうであるならば、「落ちた」ではなく「落とした」と言わなければならない。
しかし、ノートは間違いなく「落ちた」のだ。僕ではなく、何がしかの外的な要因によって落下したのである。 
瞬間、痛覚が目覚めた。背中に液体の流れる感覚。粘土の高い体液が流れ出ている。
その痛みのおかげでようやく理解した。僕は今、倒れつつあることに。

「え?」
地面に膝をついた僕は動転していた。いや、動転すらできないほど、思考が僕の制御下を外れていたのだ。
ひんやりした道路の温度が掌を支配する。
それも束の間、流れ出た液体が正体を表し、僕はことの重大さをやっと把握した。
「血……」

(つづく)

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